秋田、晴れの国から晴天をもたらした3日間の旅行

 

秘湯鶴の湯と不老ふ死温泉を巡る旅

今回は秋田、青森、岩手の間を秋北観光バスでまわりました。

ガイドさんのおしゃべりで、土地柄や民話などお話がふんだんに盛り込まれ

添乗員さんもこれまた素晴らしく、良い旅になりました。

帰ってからの復習編です。

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大館能代空港についてから、一日目はゆっくり昼に着くはずでしたが、飛行機が朝の便に代わりいっぱいのプランになりました

鹿角とかいて、かずのと詠むのですが、米代川沿いに走りながら秋田名物、リンゴ、秋田杉で作るわっぱ、とてもうれているらしいおひつ、またぎ、おい犬神社のいわれ、秋田いぬとよむこと、ツキノワグマのはなし、耕作していない土地をまとめて整地しなおして枝豆を栽培して日本一の出荷量になったようです。ここは塙スキー場があり、ジャンプで有名です。もう一つはこれです。

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東北地方は、夏の終わり一週間にいろんなお祭りがあるところ、どこも盛大です。

他にも環状列石など知らないことがいっぱいです。

昼食を終え、出発

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十和田湖を発荷峠にてみおろします。そして九十九曲がりを折り曲がりながら、八郎太郎伝説をきき、今ヒメマスがミルクでそだっているらしいのですが、其の養殖に力を尽くしたかたの話をガイドのこけしちゃんはしゃべり続けます。そして、車窓より滝の数々、最後に散策する奥入瀬です。

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平塚果樹園にて、リンゴの試食、ここでは買わず御免なさい。送料が高くて・・・

宿は湯瀬温泉です。

二日目、まず青森へむかいます。左右にリンゴ畑、岩木山を眺めながら、秋田は山々という感じですが、青森は広くゆったりと岩木山がまもってくれています。津軽富士見湖の木製のさん連太鼓橋です、丹頂鶴もいて、気持ちいい公園です。

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一つの山が心の故郷のシンボルになるのはいいですね。

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三連太鼓橋は美しいデザインでした。

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気持ちよく、黄金崎の不老ふ死温泉にむかいます。日本海の荒波や,千畳敷鰺ヶ沢舞の海の故郷、家やお母さんの話を聞きながら、また秋田藩についてのお話、時代は関ケ原の合戦、光成派西軍として参戦、迷っているうちに半日で決着がつき天下分け目をのがしてしまいます。34万石没収、2年たち、秋田20万国への転封、左遷です。以後、内政に手腕を発揮して、秋田杉を立派に育てて献上したことでやっと報いられます。秋田藩の祖、佐竹義宣常陸の国の嫡男、豊臣秀吉の小田原攻めに参戦し54万石という快挙でした)の山あり谷ありの生涯。

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荒々しい日本海です。

不老ふ死温泉に到着、ここが一番のお気に入りになりました内風呂も、日本海の荒波を感じながらの露天風呂は最高でした。(バスタオル、浴衣あり400えん)金の湯で、温もり方が最高、外を浴衣で移動してもちっとも寒くない、湯冷めしないのでした。

もう一度来たい!ゆっくりと、夕日が素晴らしいらしい。食事としても素晴らしい。

グロステーキ陶板焼きがおいしかったです。マグロは大間だけじゃない。ここのマグロは脂がのりえねるぎーいっぱい、大間のは杉冷凍して4,5日寝かせて熟成するものだそうです。両面焼き、片面、刺身と味わいます。

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もう一つの目玉、五能線からの絶景

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艫作駅です。

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最後は、世界遺産白神山地.十二湖 神秘の池(青池)

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放射線は基準値を下回っているらしいです。もう少し晴れていたら,青がきれいに見えたでしょう。これでも感動です。

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インクの青色はなかなかうまく映りません。酸素の量がとても多いそう。ブナ林の囲まれた33の湖沼、江戸時代の大地震のやまくずれでできたらしい。見えるのは12湖、

12湖庵の透明な水で入れたお茶は飲めず。

二日目終了。

三日目、雨かもということでしたが、晴れ

朝、すぐに、秘湯乳頭温泉、『鶴の湯』たたずまいが素晴らしくて・・・

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白湯、黒湯、中の湯、滝の湯と泉質の異なる4つの温泉、で、混浴もあります。それぞれに内湯と露店が小さいながらあります。ここも気に入りました。ただ、1時間組まれていまして、20分ずつ4つを全部入れるようにさっと入るそうです。知らないので、中の湯で長居して温もり、あとは着替えるのが面倒くさくて、残念。残念。名前は乳頭山の麓の温泉ということ。観光バスが入らないので、小さいバスで行きます。
そして、田沢湖・で食事

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一度聞いたような民話や女神の話をたっぷり聞きながら、田沢湖を堪能しました。
角館に向かいます。みちのくの小京都と呼ばれ、武家屋敷を丹念に見たので、買い物できず。

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もみじが美しく、京都のようでした。石黒家・・・入館料を払い、説明付きです。

250万石・勘定方などをされていた。12代直系で、住まれています。

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亀の透かし彫りは珍しい。

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窓は囲炉裏の煙が抜けるように、また真ん中のは移動式の竿のようなもの、洗濯物や乾燥のためのものです。素晴らしい。凄い蔵です。

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地権です。

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乗り物で全部説明してもらい回ったほうがよかったかな。短い時間だから。

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ここは映画の隠し剣・鬼の爪)のロケ現場

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冬支度されていました。

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桧内川に沿い桜が並んでおり、雪の重さでしだれ桜ふうになっていました。

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これは枝垂れ桜です。

こういう感じでまわったわけです。

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終了と同時に、にわか雨、泊ってトイレタイムの旅に晴るわけですが・・・

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帰る空港が濃霧で着陸できないときは、羽田まで帰るという状態で、能代空港も雷で発着が遅れるというおまけまでつきましたが、無事に到着、どこも天気が不安定になった模様で、車での帰り道濃霧になやまされました。守られて、終了です。我が家もいいね。

 







 

 

 

 

秋田、晴れの国から晴天をもたらした3日間の旅行

 

秘湯鶴の湯と不老ふ死温泉を巡る旅

今回は秋田、青森、岩手の間を秋北観光バスでまわりました。

ガイドさんのおしゃべりで、土地柄や民話などお話がふんだんに盛り込まれ

添乗員さんもこれまた素晴らしく、良い旅になりました。

帰ってからの復習編です。

 

 

 

 

九州場所が待ち遠しい

日本シリーズも盛り上がらないし、相撲が待ち遠しい

今月、地方巡業なるものに行ってきた

お相撲さんかわいい。

寒い日だったのに、きれいな肌で、裸で鍛えているから綺麗でした。

大きいのに、しまってるから大きく感じない。野球選手もこれで体幹鍛えてるけどふりまわされてるかんがあった。なのに力があります。水の入ったやつです頭の上まで何回でもできるんです。

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こんなこともしてます。

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御嶽海ですかね

稀勢の里は一人黙々と・・・

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手振れですみません。

これは、横砂の綱締め実演です。

f:id:masigoka55:20171024130718j:plain土俵入りはこちら 白鵬さま

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応援する嘉風はこちら 唯一いい取り組みでした。

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緊張感に欠けるので、場所が楽しみです。相撲甚句も初切も太鼓もよかったです。

さて、いま都市の災害リスクとその備えについて学んでいます。

震度は、0から7まで、5と6は弱,強2段階に分かれ、10段階にわかれます

地震のタイプとして、プレート境界型地震【海溝型地震】は規模がM8~9で、発生感覚は10年~150年数100年から1000年間隔で巨大地震がおこり、津波をともないます。

2011年の東北地方太平洋沖地震が代表例です。

もう一つのタイプ、内陸型地震、(内陸直下型地震)は、規模M7~8 発生間隔は数10~150年、すう100年から2000年の間隔で大地震が発生、します。

代表例は、1995年、兵庫南地震、1891の濃尾地震があります。

ただ、日本は活断層が2000か所あるため、数年に一度の間隔で被害が起こります

グーテンベルク7・リヒター則では、地震の規模と発生回数の関係として、マグニチュウドが1おおきいと発生回数は数分の一から1/10になるらしい。

なので、規模の小さい地震は発生回数が短いので被害は少ないが頻繁の起こりえることがわかります。

ちなみに、マグニチュウドは地震で解放される総エネルギーを対数化したもの

地震の規模を表す値M6.4やM8.0とあらわされます。

1増えると地震のエネルギーは31.6倍

2増えると         1000倍のなります。

震度は揺れの大きさ、強さを示します。

などと学びました。しらないことばかりでした。

 

 

 

台風も来るし激しい雨の中ご苦労さまです

今日は群馬との試合 8戦ぶりの白星です。

勝てていなかったので、応援に行きました。

雨の中合羽を着ての応援です。先制されましたが、赤嶺、石毛が合わせてくれて

逆転しました。これで、13勝13分け12敗で勝ち点52です。

朝から大変な一日でした。でも、Tシャツを貰ったし勝ったし・・・

選挙もありまして、

台風はこれかららしいですし・・・ゆっくり眠れます。

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雨の中、ひと段落

組紐は出来上がり

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そして次です。袱紗を作ります。

デザインを写し、始めました。松から…小さくて裏も完結でたいへんです。

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野球も、サッカーも思うようにいきませんね

 

 

 

秋晴れ,快晴

自転車に乗り、快晴の中走る。

稲は実り、黄金に田んぼを染め、二両の電車が走る。

心地いいの一言・・・

まずは、吉備津彦神社、お店の団子が食べたかったが開いてない

そして、吉備津神社

本日は昼から75膳据神事があったはず

御神殿に世話人が集まり神餌や奉供物を百数十人の氏子が神職を先頭に本殿を目指して行列になり神様にそなえるもので

終了後の写真です

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比翼入母屋造の屋根が空にそびえます。

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本殿の深い軒や回縁を一本の市中もなしで一軒で作っているらしい。

美しいのだ、調和が・・・

帰りの草や苔の生えた屋根もいい感じだ

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GACCOではいま『世界の洋菓子の歩き方』が始まりました。もう少しすると、

『都市の災害リスクとその備え』が始まります。楽しみです。

体育の日です。体を動かしましょう

桜島はよかなあ

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さくらじま

葬式で帰京

ドコモ商店街はさびれていますがここは町は広がりきれいに整備されています。

路面電車に青々とした芝が貼ってあるのも美しいです。

来年から、西郷どんがNHKではじまるので、西郷南洲顕彰館にいって、きました。

最後は西南戦争で城山にて自決しておりますが、自分の建てた私学校の生徒が暴走したことが始まりでした。

江戸の無血開城を誠意ある話し合いにより決断した盟友の勝海舟が挽歌を残しています

ぬれぎぬをほさんともせず子供らのなすがままにて果てし君かな

帰路で文庫本を読み人間西郷に会った気がしました。

明治元年に幕府のためによく戦った庄内藩にも寛大に取り計らい,南洲公遺訓を刊行されています。

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常夜灯

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勝海舟の挽歌

この場所は桜島がひと際近くに見えます。

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さくらじま

お墓詣りと神社にお参り

西郷さんの家紋、中心に12枚の菊の花びらを使うのを遠慮して3枚しか使っていません。

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神社

人口70万人で、20万人が武士という多さの中、城郭を分ける甲突川の城側,下加治屋町は70個ほどの家が建つ貧しい屋敷町、その中から多くの偉人がでた。

3人の妻をめとったが最初の妻は26歳の時、伊集院兼善の娘、が、この年祖父、父は歯をあいついで亡くし、弔い費用がかさみ、11人と奉公人の大家族の世話は大変な苦労で、参勤交代で西郷は江戸に行ってしまうし、疲れ果てた娘を見かねて両親は連れ戻し、離婚の申し出をされてしまう。生涯自分のふがいなさを悔やんだらしい。

西郷は4男1女に恵まれる。奄美大島潜伏中であっ愛加那との間の菊次郎,菊子

菊次郎は12歳でアメリカ留学、17歳で西南戦争で片足を無くす。その後、外務省・・・明治37年から京都市長を務めている。

糸子とのあいだには、寅太郎,午次郎、酉三がうまれている。寅太郎もドイツ留学し陸軍省尉、父の候により侯爵を授かり,貴族議員になら理法務大臣を務めている。

午次郎は日本郵船会社に勤務し重役を務める。酉三は肺結核で30歳で亡くなっている

西南戦争の最後の前夜、政府軍は花火をあげたり、海軍軍楽隊の演奏で英気を養い、西郷軍も祝杯を挙げ決別の宴が盛大に開かれたというから驚きだ。

覚悟とねぎらい、人間らしくあたたかい。来年どう描いてくれるか楽しみだ。